年末が近いということで、会社ではなんらかの理由をつけての飲み会が勃発している。
そんなに飲めない自分だが、お付き合いという意味では、日々許容量オーバーの酒を取り入れている感じだ。

「…くらくら、する」

人目のある駅前はなんとか乗り越えたものの、マンションまであと少しというところで、なけなしのプライドもアルコールという強敵に飲まれてしまった。

「自販機で、お茶…でも…」

外灯よりも明るい自販機に向かってよたよた歩くと、小さな石ころに躓いた。

「あ…」

転ぶ!と思っても手を前に出すという行為すら、今の状態では難しい。
コンクリートに激突する痛みを覚悟して反射的に目を閉じたが、それはいつまでたってもやって来ない。
おかしいな…と思って、ゆっくり目を開けると、すぐそばに見知った人物が自分を抱きとめてくれていた。

「危なっかしいなぁ」

「…土岐、くん」

「こんばんは、今お帰りですか?さん」

そこにいたのは、同じマンションの土岐くん。

「うん、今帰り…」

「うわ…随分飲んではるんですね」

「…そう?」

「普段やったら、ええ感じにラストノートが香っとる頃なのに、今日はお酒に混じって…残念な感じになっとります」

「らすと…え?」

「…送りま…いえ、送らせて貰いますわ」

限界に近いのか、彼の声がやけに遠くに聞こえる。
傾いていた身体が真っ直ぐ伸び、そのまま引きずられるよう眩しい光の方へ近づいていく。

「お茶でええです?」

「ん…」

がしゃん…という音の後、手に冷たい物が触れた。

「しっかり持っとってください」

「…うん」

ぼんやり頷くと、そのまま身体がふわりと宙に浮いた。

「そのまま、俺の方に頭傾けて寄りかかってください」

「…え、と…」

考えるよりも先に、言われるがままになる身体。
そんなあたしの様子を見てかわからないが、困ったような声が聞こえてきた。

「ずるいなぁ…酒で酔わされるとこない素直になるなんて…このまま持ち帰ってまおか」

冷たい風が頬に当り、ゆらゆら揺れる身体が心地よい。
それに、さっきから聞こえてくる声が…するりと耳から入り込み、身体を柔らかな布で包んでくれるようだ。

さん、寝たらあかん」

「……ん」

「鍵開けて貰わな」

「…ん〜…」

鍵、という単語に反応し、コートのポケットに手を入れる。

「ありがとう……って、さん、あかんて」

エレベーターの上昇する感じと、耳に届く鼓動。
あぁ、こんな風に誰かに身を任せることが…こんなに心地よいなんて、初めてだ。



徐々に途切れ途切れになる、意識。
それに反して、先程よりも乱暴になる揺れ。




「もう少しやから、頑張って」

「んー…」

「あかん、ほんまに寝そうや」

このまま、眠れたら気持ちいいだろうな…なんて思っていると、不意に身体が浮いて、すぐそばで聞こえていた鼓動がなくなった。
それが不満で、重い瞼をなんとか持ち上げると、額に汗を滲ませた土岐くんが、うちの玄関に膝をついていた。

「…はぁ……はぁ…」

「土岐、くん…?」

「そない…無防備に、…呼ばんで…」

「…?」

未だに遠くで聞こえる彼の声。
もう少し近くで、ちゃんと聞きたいと思って顔を寄せれば、荒い息の彼の顔が急に近づいて来た。

…ご褒美に、もろてきます

ふっ

身構えていなかったからか、ぶつかるようなキスを避けることは出来なかった。

「っん」

触れるだけじゃない、久し振りの貪るような深いキスに身体の力が一気に抜けてしまう。
反射的に掴んでいた手も、あっという間に力なく落ちた。

「ふ…はぁ…

舌を吸い上げられるようにしながら離れていく唇が、名残惜しく感じる。
求めるよう、それを追いかけようとするが、それよりも先に勢い良く壁に背を押し付けられた。

「…ぁ…」

「今度は、
ご褒美やのうて……



遠くで、声がする。
けれどそれは、額にキスを残して…静かに離れて行った。



がちゃっとドアが開き、ばたんと音を立てて…それは閉まった。

冷たい床に座り込んでいるせいで、足元から徐々に身体が冷えていく。
けれどまだ、頭は動かない。



――― 酔っている…



そう、あたしは酔っている。



――― ナニに?



力が戻りかけた手で、唇に触れる。



あたしが酔ったのは…お酒?
それとも、あの人の………キス?





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…こんな引き際がいい蓬生なんて、嫌だ(おい(笑))
書いたのは自分ですが、とりあえず蓬生サイドを続きに書いてみました。
よ 酔い醒ましに続きます。
2010/11/07